子どもに必要なのはレジリエンス
生きていれば、失敗することや、思った通りの結果に結びつかないことってありますよね。
そんなときは、誰でも落ち込みます。
そこに全力を注いでいたならば、尚更そのショックは大きいものになると思います。
落ち込むことは悪いことではありません。当たり前のことです。
大切なことは、『そこから立ち直って元気になれる!』『長期的に落ち込んだ状態を引きずらない!』…そんな力をつけることです。
辛くて、落ち込んでしまったところから「回復する力」=『レジリエンス』です。
幼いときはたくさん失敗した方がいいんです。
ちょっと失敗して…立ち直って…もうちょっと大きな失敗をして…また立ち直って…
親が最初から失敗させないように先回り、先回りするのではなく、チャレンジさせること。
そして、そのチャレンジの成功・失敗といった結果だけでなく、過程をそばで見守り、その過程こそを肯定してあげること。
そんなチャレンジができた子どもを誇りに思うことを伝えてあげること。
そんなことの繰り返しで、子どもはレジリエンスをつけていくのではないかと思います。
コンクリートのような「強い」心ではなく、竹のような「しなやかな」心を。
人生の風に吹かれても折れることなく、しなやかに曲がり、また立ち上がる力を身につけた子どもに育っていってほしいものです。
自ら行動できる子どもに育てるには
子どもの行動の原動力はどこにあるのか?
できる力を持っているのに、できたり、できなかったりする。
誰かがいるとできる。
誰かがいなければできる。
誰がいても、誰がいなくてもできる。
これは同じ「できる」に見えますが、まったく異なるレベルの話です。
行動の原動力が己にあるとき。それは、誰がいても、誰がいなくてもできる、本当の自分自身の力と言えます。
でも、行動の原動力が他人にあるとき。それは、自分の力であるようで、自分だけではどうにもできないため、結局は大事なところで役には立ちません。
「本当は自分はできるのに・・・」と言っている人は、いつまで経ってもできる人にはなれません。
行動の原動力が己にある子どもに育てたいのならば、子どもの小さな成功を声に出してしっかりと認めてあげましょう。
子どもが幼ければ幼いほど、親と子どもの考え方は一体化します。
親が子どもを認めてあげれば、子どもも自分を認めるようになり、そのうち、親から自立して、自分で自分を認めてあげられる人になります。
褒められたときの子どもの顔は、きっと輝いていると思います。
子育ては信じること
子どもが何か大きな失敗をしたとき、つい怒りたくなってしまうかもしれません。
でも、そこで考えてみましょう。
なぜ腹が立つのか。怒りたいのか。
それは、子どもを信じていたから。期待していたから。
子どもが失敗したときは、まず、なんでそんなことをしてしまったのか、子どもの話を聞きましょう。
自分の感情は置いておき、傾聴です。
その後、自分があなたを信じていたこと。期待していたこと。だからこそ、今回の失敗が残念であること。
それを、怒って伝えるのではなく、静かに話しましょう。
感情で伝えてしまうと、相手には話の内容ではなく、「怒られて怖かった。嫌だった」という印象しか残りません。
そこからは信頼関係は生まれてきません。
そして、「怒られないようにするにはどうしたらいいか?」ということが、意思決定・行動選択の最重要項目になってしまいます。
そして、怒る人がいないときには、勝手な行動をするようになってしまいます。
人を育てることのベースは、信頼関係です。
それは、どんなに子どもが小さくても、また、反対に思春期を迎えた子どもであっても一緒です。
裏切られても、裏切られても「信じる」ことをやめなければ、子どもはゆっくりでも、確実に成長していきます。
ただやるのではなく、どうやるか
子どものスポーツの低年齢化が進むことは、良い面もあれば、悪い面もあると思います。
バスケットボールで考えるなら、早くからボールに触ることはボールコントロールに優れた選手になれる!という面もある一方で、良くないフォームや姿勢を身につけてしまうと、それがずっと修正することができず、いつまでも上達しない、ということにもなってしまいます。
つまり、上手になるために練習しているつもりが、下手になるための練習をしているということになってしまうのです。
良い面を前面に出すためには、「最初が肝心」です。
ただやるのではなく、どうやるか。
がむしゃらに頑張るのではなく、何を頑張るべきかを判断すること、整理することが、何事においても大切なのではないでしょうか。それを見極めるためには、誰と出会うか…という運も大切になってきますね。
「ここ!」を見極める
働きながら子育てをしていると、いつも子どもに寄り添う・・・ということはできない。
でも、私はそれでも良いと思う。
毎日同じように日々は過ぎていって、その繰り返しの中で感性が鈍化してしまうのかもしれないけれど、人生には「ここ!」という日が何回かあると思う。
私は子どもと関わるとき、子どもの成長にとっての「ここ!」というところを、私なりに外さないように気をつけてきた。
子どもが熱を出した時
どうしても仕事に行かないでと泣きまくった朝
理不尽なコーチの指導に対して、意見を言いに行く!と決めた夜
初めての受験で心のバランスを失った息子に、毎晩毎晩おんなじ話を伝え続けた日々
「ここ!」を外さなければ、あとのことは適当でもどうにかなる。
毎日完璧でなくてもいい。
ただ、「ここ!」という時には、120%で関わる。
子どもが「聞いてほしい」「そばにいてほしい」というサインを送ってきた時にだけ、その時だけは何よりも子どもを優先して、寄り添えれば・・・
子どもにいつでも帰れる「安全基地」がここにあることを伝えていきたい。
プリツカー賞受賞
世界的に優れた建築家に贈られ、建築のノーベル賞とも言える『プリツカー賞』を、山本理顕さんが受賞された。
テレビ番組のインタビューで話す山本さんの言葉に、とても感銘を受けた。
山本さんの生み出す建築物はとても美しい。けれど山本さんは、ただ自分の美しいと思う建物を建てているのではない。
建物を通して、コミュニティーの大切さを伝えようとしているのだ。
山本さんの建物には、一貫したメッセージが込められている。だから美しく、人の心を掴むのだと思った。
働くこと。大変なことだ。お金のためでもある。
私は20年以上、教育に携わっている。
私は働くことを通して、何を伝えようとしているのか?
子どもを育てるという直接的なことだけでなく、そこから社会に対して何を伝えていけるのか?
山本さんのプリツカー賞受賞は、自分の生き方を問い直すきっかけとなった。
子育ての正解
子育てに正解なんてないと思うけど、これだけは間違えちゃいけないのは、子どもは親の人生を生きているわけではないということ。
小さくても自分の人生を生きている
親ができなかったことを代わりに体現するわけでもないし、親の期待通りに生きる必要もない
あくまでも主役は子ども
親は子どもの命を守りながら、失敗を成功に繋げていく手助けをする
子どもの小さな『やりたい』を応援する
ちゃんと親と子どもの境界線を守っていきたい
